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大ゴラク峠-植地毅-ゴラッカーに捧げる漫画ゴラク裏読みコラム
ミナミの帝王

 季節的には冬の到来だが、まだまだ熱いのが『ミナミの帝王~バンコク・ラブジャンキー』シリーズ。前回更新では、如何にこのシリーズがバンコクのディティールを細かく取材しているか、その徹底ぶりに驚嘆したことについて執筆したが、今回の後編では単なる"夜の名所紹介"で終わらない「ラブジャンキー編」にて描かれるタイ文化の細かい描写や事情について、更なる考察を試みたい。

物騒な話

本編に登場するソイ・カウボーイ
パッポンと並ぶゴーゴーバーの聖地・ナナ・プラザ
 ソイ・カウボーイのゴーゴーバーで知り合った美女マイ。あどけない少女のような面影を残す彼女に、今回のエピソードの主人公である香田新作は早くもゾッコンだが、初の店外連れ出し、深夜の屋台街をデート中、いきなりトラブルに巻き込まれる。マイの恋人だとのたまうタイ人の若者に、いきなり拳銃を抜かれて発砲される始末。とりあえず犯人を周囲のタイ人が集団でタコ殴りにすることで事態は事なきを得るのだが、「命を賭けて自分を守ってくれた」と感動するマイは、新作を客ではなく恋人として付き合うようになる。
 このような事例はあくまで漫画の範疇ではあるが、拳銃が日本の常識では考えられないほど容易に手に入るのもタイの特徴だろう。タイに限らず東南アジアでは銃火器の扱いが驚くほとユルい。それこそ、アメリカ合衆国並みと思っても差し支えないだろう。拳銃射撃場や射撃体験ツアーなどを売りにする商売も成り立っており、ひと昔前なら「銃を撃つならハワイ」だったが、いまやタイを筆頭とする東南アジアがオススメだ。筆者は未だ未体験だが、地方ならロケットランチャーまで撃たせてくれるという物騒な話を聞いたことがある。もちろん、夜の歓楽街がトラブルに巻き込まれやすいのも事実。新作のように、あからさまに「日本人ビジネスマンです!」といわんばかりのスーツ姿でウロウロすれば、ハタから見ればカモにしか見えない。ボッタクリ、置き引きなど旅行ガイドに記載されてる犯罪など序の口で、新作のように女がらみの犯罪やストレートな路上強盗も発生する。もちろん、治安の悪い地域に足を踏み入れれば……という話でバンコクの中心部が危ないワケではない。

メコンウイスキーの香り

 しかし、新作はマイとの交際を深めるために、旅行者も立ち寄らないようなディープゾーンに果敢にも突っ込んでいく。それがバンコクエリアの中でも比較的生活困窮者が多い……ズバリ言ってしまえば貧民街の"クローントイ"である。かつてに比べればメッキリ貧民街も減少し、近代化に成功したかに思われるバンコクだが、どっこいまだまだ存在するのは紛れもない事実だ。そして、ゴーゴーバーで働く女性の多くは、こういった貧民街出身であることも現実である。そこで新作はマイの父親を紹介され、「セメダインの匂いがする酒」……メコンウイスキーを振る舞われて泥酔と狂乱の一夜を迎えることに。この、メコンウイスキーが曲者だ。最近は日本のエスニック料理屋でもお目にかかる機会が多くなったメコンウイスキーだが、これが本当に誇張抜きにセメダインの香りがするのである。フタを開けた瞬間に後悔する香りだが、このメコンを〝コーラー〟で割ってガブガブ飲むのがタイのスタイル。個人差はあるにせよ、2~3杯で強烈に酔っぱらうのは間違いない。サッパリ系のシンハービールでは物足りない飲んべえは、迷わずメコンに挑戦すべきと断言できるだろう。   ミナミの帝王

細かい舞台描写に彩られた異色作

コミック絶賛発売中   しかし日本人で、しかも一週間という短期滞在の新作がバンコクで経験した出来事の数々は濃いにも程がある。ソイ・カウボーイの夜から王宮周辺の仏閣観光、クローントイでメコンウイスキー祭りを経て、大歓楽街として名高いシーロムのパッポンで再びマイの元カレと大乱闘。あまりも濃いタイ旅行だが、パッポンが登場するのがソイ・カウボーイより後というのがマニアックである。通常、日本人旅行者でお姉ちゃん目当てなら、最初はパッポンに行くのが常識である。パッポンは古くから日本人向けの店が多く、10メートルほどの広い道幅の横町には日本語の看板がひしめいており、昼間はビジネス街の顔として割と閑散としているものの、夜になるとギッチギッチに屋台が出店して洋服やカバンから裏ビデオまで、ありとあらゆる商品を売り捌くエネルギッシュなエリア。ゴーゴーバーの数も多く、ヤワラー(中華街)の娼婦が目指すゴール地点がパッポンのゴーゴーバーなのだという話を『バンコク楽宮ホテル』という小説で読んで知ったぐらいのメッカである。
 しかし、そんな観光地化されたゴーゴーバーに嫌気がさし、初心な出会いを求める旅人にとっては、ソイ・カウボーイが熱い注目を集めているという。そんなニッチな情報をエピソードに盛り込む「ラブジャンキー編」は、海外エピソードが極端に少ない『ミナミの帝王』の中でも、とびっきり異色の、なおかつガイドブックとしても機能するぐらい細かく耳寄りな情報に彩られた素晴らしいエピソードである。そして、いよいよ帰国の時を迎え、タイ人との絆を銀ちゃんからの借金が絡む怒濤の展開が始まる。ますます「ラブジャンキー編」から目が離せないのである。
 そして最後に最も気に入った台詞を挙げて、原稿を締めさせていただく。
 「タイの男はメコンウイスキーじゃ~!」

写真提供/植地毅
植地 毅プロフィール
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