>>第5回:『どげせん』(後編)
「土下座」である。「土下座」は「暴力」である。
現在、各方面から「もしかして『漫画ゴラク』って、いま一番凄いんじゃね?」的な評価を聞く機会が多くなったが、その評価の一翼を担っているのは、間違いなく『どげせん』の存在ではないだろうか? このコラムを読んでいる時点で、『どげせん』を知らない人はいないと思うが、一応捕足しておこう。
ある日、私立樫宮高校に赴任してきた謎の補助教員"瀬戸発"("はつ"ではなく、"はじめ"と読む)は、全てのトラブルを"土下座"で解決する究極のグラップラーだ。やくざ、頑固一徹の中華料理屋店主、素行不良の生徒、空手家、高名な評論家などなど、相手が誰であり、トラブルの内容がどんなに複雑であろうと、瀬戸は「ドゲ」る。瀬戸にとっての土下座は単なる謝罪行為ではなく、祈願、謝意、懇願、そしてハッタリが混在した格闘流派であり、その低く低く下がった頭に「頭が上がる」者はいない。そして今日も、新たな敵が瀬戸の前に立ちはだかるのだった……。
もし、ANTI HERO(アンチ・ヒーロー)という言葉が最も相応しいキャラクターがいるとしたら、2011年現在においてその地位を得る資格があるのは、瀬戸発しかいないと断言できる。瀬戸の土下座は謝罪ではなく獅子の構え、瀬戸の顔面は"ドゲ眉"、"ドゲ耳"、"ドゲ鼻"、そして"ドゲ口"がリミックスされた"土下リミナル"効果を持ち、そのポーズは時に謝罪から祈願へと昇華する。ぶっちゃけ全然尊敬できないし、実際に生徒たちからは嘲笑されていた瀬戸だが、次第に嘲笑はリスペクトに変化し、瀬戸の土下座が炸裂する瞬間を期待するようになる。アメリカ永遠のヒーロー、スーパーマンは、結局のところは超人特有の武力で悪人と闘い、排除する。それをスーパーヒーローと呼ぶのならば、あくまでも普通の、それも筋骨隆々とは言い難い肉体の持ち主の瀬戸が繰り出す土下座は、闘いによって勝利を収めるスーパーマンとは対極の、"闘わずして勝つ"アンチ・ヒーローと呼んでも差し支えないだろう。否、瀬戸にとっての土下座は、紛れもない"闘い"であり、空手やボクシングにも対抗しうる究極の格闘技なのではないか。
そもそも、日本特有かつ古の歴史を持つ最高の謝罪行為だった土下座だが、『どげせん』が世に送り出される以前は、社会的に忌み嫌われる行為とも思われていた節がある。土下座を繰り出すことは人間としての最終兵器であり、土下座された側にしてみれば、「なにも土下座しなくても……ほら、顔あげてくださいよ」という結果しか待っていない。
そこに"最強"を見出した板垣恵介先生は、本当に本当に凄いとしか言えない。
最強とは何か? を煎じ詰めれば"土下座"に行き着いた……と、書けば簡単な発想に思えるかもしれないが、実践するのは別問題である。ともすれば悪質なギャグ漫画になってしまう可能性もあっただろう。その難題を乗り越えたのが、RIN先生の画力だろう。殺伐とした描写になりがちな格闘漫画(※『どげせん』は立派な格闘漫画です!)でありながら、毎回必ず何らかのギャグ描写が盛り込まれており、読後には感服と爆笑が入り交じった妙な充足感があるのだから、全くもって『どげせん』とは不可思議な作品である。この2人の作家によるタッグでなければ成立しなかっただろうし、こんなテーマの作品が他誌で連載開始される可能性も限りなく低い。『どげせん』は、「漫画ゴラク」誌上だからこそ成立した作品であり、「漫画ゴラク」ならではの格闘漫画なのである。ちなみに、『どげせん』誕生の経緯に関しては、コアマガジン社より現在刊行中の『BREAK MAX(ブレイクマックス)』において、吉田豪氏による「吉田豪インタビュー:107回~板垣恵介さん」にて詳細が語られているので、より深い情報が知りたい読者諸兄は、そちらも是非チェックしてもらいたい。
「前人未到の新ジャンル」という称号が相応しい『どげせん』。まったくの偶然かもしれないが『どげせん』が登場して以降、マスメディア各方面で土下座行為を目撃する機会が増えたような気がする。食中毒で死者まで出した某焼肉チェーン社長の謝罪会見、外国人女性を殺害して数年に渡り逃亡を続けた殺人犯の初公判、そして被災地に訪れた東京電力経営陣に避難住民から浴びせられた罵倒への対応……。
もちろん、全部が『どげせん』の影響ではないとしても、それを報道等で見る我々が『どげせん』を連想するのは避けられない現象だ。本作に付けられたキャッチコピー「土下座パワー全開!」は、決して誇張ではない。少なくとも我々読者が、社会生活の中で土下座を目撃し、そこで瀬戸発を思い出してしまえば、それはもう『どげせん』の勝利なのである。
次回後編では、そんな土下座ワールドを取り巻く奇々怪々なキャラクターたちを取り上げ、彼らを通じての『どげせん』の魅力を総括してみたい。もちろん、その原稿も土下座しながら書く!『どげせん』について何か語るなら、それぐらいの気合いと覚悟が必要なのだ!