日輪早夜インタビュー -2-
【日輪早夜プロフィール】
 ペンネームの由来は、竹久夢二の童話集『日輪草(ヒマワリソウ)』の「日輪」から。獅子座。B型寄りのAB型で、「ススム」「ヒカリ」「アキラ」「ハジメ」猫三匹と犬一匹の、雌なのに、なぜか男名のついたペットたちと同居中。

 今朝みた夢は、追われる夢。でも追われるうちに楽しい気分になってきたそう。 怖い夢も、ヒマワリの明るさでもって、面白い夢に転換してしまう――不思議が好きな、不思議な方に、突撃インタビュー!

■2回目■

【真壁クン≒ツンデレ説浮上!?】
―― 好きなキャラクターのタイプを教えてください。
日輪:つり目が好きです。私、実は「ツンデレ好き」なんです。
―― 「ツンデレ」って?
日輪:普段はツンツンしてるんだけど、二人になると、とたんに優しくなる。ふだんはベタベタしない子が、甘えてくる。テレ屋さん、SHYな子のことなんですよ。 私、いままで自分の好きなタイプがわからなかったんですよ。で、読んでるうちに、「私ツンデレ好きじゃない?」ってことに、最近気づきはじめて。そのうち描いてて、このキャラが一番楽しいわ・ っていうのがわかってきて。
―― では、受と攻どちらに感情移入して描かれてます?
日輪:私、たぶん、攻なんです。最初は、受の視点で描いてたんですよ。それが基本なのかなと思って。で、たぶん『PETシリーズ(芳文社『約束の月』収録の『白鳥の歌』など)』のときに、初めて攻を主人公にして描いたんです。そしたらすごく描きやすかったんですね。
―― 男の人を描くときに、どこにこだわって描かれますか?
日輪:私は、もともとショタ作家なので、子供しか描けなかったんです。なので、なるべく大人を描けるようになろうと。攻は攻らしく、男らしい人を描かなくっちゃと思って描いてます。内面では、受はなよなよしくならないようにと気をつけています。
―― 受の子は、ナイーブな子が多いですよね。
日輪:でも、やりすぎちゃうと女の子みたいになっちゃうので。女の子になったら意味がないじゃないですか!! ボーイズとして!!
―― あくまで、少年としてのナイーブさ。
日輪:……になってるといいな。そして、ツンデレの基本は『ときめきトゥナイト』の真壁クンです!
―― 真壁クンがツンデレ……それは言えますネ。
日輪:でしょ? でしょ? ツンデレって男の人がやる年頃ってありません? 中学生とか小学生の頃とかって、ツンデレかもしれませんよね?
―― いやあ、真壁クンがツンデレだとは。わかりやすいですねえ……。じゃあ『イタズラなkiss』の入江クンとか? 『のだめカンタービレ』の……。
日輪:千秋も!! ツンデレですね。って何を熱くなっちゃってるんでしょう、私は!!
―― よくわかりました、その魅力が。何かツボがあるんでしょうね。
日輪:そうなんでしょうね。たぶん、私のツンデレ好きは、真壁クンからきてるんだわ……。

【先生から教えられ…】
―― なぜ、少女マンガにそんなに夢中だった日輪先生が、BLの道へ?
日輪:私は最初、少年マンガを読んでたんですよ。雑誌「少年チャンピオン」の、小山田いく先生の『スクラップブック』というマンガが好きでした。普通の中学生の青春マンガで、漢字は全然わからなかったですけど、そういうところは読みとばし(笑)。
 その後、少女マンガの世界に入っても「りぼん」「なかよし」を卒業したあとに、「花とゆめ」と「LaLa」に行ったんです。
 白泉社系って、親友なんだけど、ちょっといき過ぎた関係・ BL的な傾向がありません? 女装少年がでてきたり、みんなからお姫さま扱いをされていたり。寮の中にカップルがいたり。男しかでてこない『ここはグリーンウッド』とか。
―― では、一番最初のBL経験は、『ここはグリーンウッド』?
日輪:たぶん、そうですね。でも、もちろんそのころは、ほとんど知らなかったんです。BLの存在を知ったのは、アシスタント先の先生が趣味で描かれた、原稿を読ませていただいてから。
 ただ当時は、こういう世界もあるんだな、で終わってましたね。はっきりと意識して、BL作品を読んだのは、二十代になってから。たぶん、あさぎり夕先生の作品だったと思います。
―― では、BLを描きはじめたきっかけは?
日輪:アシスタント先で、みんなで同人誌をしよう、って話になって。先生が、「私の作品で、こんな同人誌も出てるんだよ」と見せていただいたものが、男同士だったんです。それで、こういうのを描いてみようかって。それがきっかけで、同人誌活動を始めて、そのうちに出版社から声がかかって、仕事になったんです。
 で、描いてるうちにハマっちゃった(笑)。だから、通常の入り方とは私は違うのかもしれませんネ。私は、どちらかというと、美少女系の人間だったんです。
―― 『くりーむレモン』とか?
日輪:そうですね、雑誌「カラフルBee」も読んだり、村田蓮爾さんの表紙に惹かれて雑誌「快楽天」を読んでみたり。

【いつかファンタジーを……】
―― どのようにして、アシスタントになられたんですか?
日輪:募集に応募してです。それまで、落書きやイラストは描いていましたが、ちゃんとしたマンガを描いたことがなかったので、アシスタントの現場がマンガの基盤なんですよ。
―― おいくつでアシスタントになられたんですか?
日輪:19? 20歳かな?
―― アシスタントになってから、マンガを描きはじめたというのは、かなり稀なケースですよね。
日輪:投稿もしたことがないし、全然マンガ家になるつもりはなかったんですけど。先生や周囲を見ていたら、大変そうで、「私には無理だ」と思っていました。
―― もしマンガ家にならなかったら、何になっていたと思います?
日輪:ずっとアシスタントやってるのかな、そのうち結婚するのかな? みたいな。いろいろやる気のない人間だったので。
―― デビューして、どれくらいになりますか?
日輪:そろそろ十年になっちゃうんですよね。
―― マンガ家になってよかったことや、つらかったことは?
日輪:うーん。つらいのは毎回の締切りですかね。ふふふ。そしてのったあとにすごく落ち込む。イヤですね。
―― 落ち込むんですか?
日輪:ええ。ああすればよかったなとか。
―― でも、反省して、次の作品に生かされるわけだから。
日輪:生かされてればいいんですけどね(笑)。
―― ではなぜそんなにつらいマンガ家を、十年も続けられたんでしょう?
日輪:あ、それは、描いたらマンガが面白かった。楽しかったからです。マンガって楽しいな~って。それまでは読む専門だったんですけれど。自分の思ったとおりに話を進めていけて、おもしろいなーって思いはじめたことでしょうね。
―― なるほど。では最後に。今後、どんな作品を描かれたいですか?
日輪:歴史ファンタジーものを、いつか描きたいんです。舞台は中世ヨーロッパなんですけど、内容は……。
―― まだ内緒なんですね、楽しみです。

 今回は、楽しいお話をありがとうございました。インタビューは以上になります。


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