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このオカマに頭を突っ込み、婦人雑誌やゴシップ紙を読んでみたい・・・ねぇ奥さん。(W・M談)


第31食 ●残暑の微熱! 映画『顔』鑑賞記●


 恒例『東京湾大華火大会』が終わった翌週にもうひとつのこの夏のお楽しみ、阪本順治監督作品『顔』を観に行った。『テレビ丼 テレビなシネマ』は原則的に、テレビでガンガンCMが流れる映画を取り上げているので東京と大阪他上映のない地区にお住まいの方は「『顔』って何だ?」との感想をお持ちだろう。しかし主演の藤山直美さんは舞台の方だが、豊川悦治國村隼岸部一徳中村勘九郎佐藤浩市氏や牧瀬里穂渡辺美佐子大楠道代女史は充分テレビな人々なので、W・M氏にお願いして特別に丼ネタにさせて戴いた。とは言えあまりに楽しみにしていた反動で期待を裏切られるのが怖く、初日に観に行けなかった小心者っぷりを笑いながら、お盆真っ直中でガラガラの東京を横断する形でテアトル新宿へと向かった。


 水曜日はオール千円デーとの事で混雑を予想して電話確認したところ、前日も立ち見が出たとの御返答を戴いて覚悟を決めていたが、いやぁ居るわ居るわお客さんが! しかも確実に俺よりも年上の男女がひしめき合っている様は、故・伊丹十三監督作品を彷彿させるが、日本映画オタクっぽい方、映画業界人、ビジュアル系の阪本監督ファンとおぼしき若い女性は希で、大方は主演の藤原直美女史ファンなのだろう。219席の劇場で立ち見覚悟のお客さんと共に列に並びながら、大阪での連日立ち見は至極納得だが、東京にもこんなにファンが居たとは… 恐るべし藤原直美!! と感心しつつ、ギリギリなんとか席にありつけた。
 心優しいテアトル新宿のスタッフから座布団を支給された皆さんも通路に座っている。当然立っている人もいる劇場を見渡しながら、こんなにも大勢の人と共に日本映画を見るのは試写会以外では何年振りだろう? と思いつつ、人口密度の高い暗闇で2時間3分の大作と向き合った。

 物語の主人公・吉村正子(藤山直美)は、父親に捨てられた孤独感や美しい妹や周囲に対する劣等感、自己嫌悪に満ちた自閉症気味の35歳。母・常子(渡辺美佐子)と共にクリーニング屋の二階でミシンに向かってかけはぎをしながらひっそりと暮らしており、楽しみと言えば昼のメロドラマや少女マンガを読むことくらい。そんな正子は、母が急死して通夜の席にも出ずに無神経な言動を取り続けて、唖然としつつも苛立った妹・由香里(牧瀬里穂)は姉の存在が恥ずかしかったと発言。長年の姉妹互いの恨みつらみの憎悪が増幅して、正子は由香里を絞殺! 香典袋を持って家を出るが、大震災に見舞われた事が正子の逃走を助ける形となった。大阪のラブホテル、別府のスナックと逃亡生活を送りながら初めて様々な人と触れあう正子は生る実感を初めて手に入れるが…。
 と、整形逃亡犯・福田和子のエピソードを彷彿させつつ、実は正子は整形しない事を映画を観て初めて知った俺は、軽いジョブを喰らった衝撃を覚えてしまった。
 何の事はない、あらすじを読めばどこにも『整形』とは書いておらず。俺の単なる思い込みだったのだが、整形などしなくとも藤原直美女史演じる正子は、スッピンノーメイクから始まって『とある事情』で顔面半分が腫れあがる特殊メイクを経て、スナック勤務に至るまでに別人のように生き生きと変化して行くのだ。
 その『顔』の変化が、正子の生活の変化に伴う内面の変化を充分に現している訳で、インタビューで『俳優の顔を想像しながら脚本を書いていく』と言う阪本監督の手腕であり、藤原女史も遺憾なく女優としての『技』を見せつけてくれていた。

 俺が初めて藤原女史を観たのは、NHK大阪制作の銀河テレビ小説『この指とまれ』だったのだが、冒頭での台詞を聞いただけで観るものをグワッと鷲掴みにするようなオーラを感じて「この人は凄い女優さんだ!」と感服してしまった経験がある。その随分後に『SMAP×SMAP』(フジ 月22時〜)の『ビストロスマップ』に出演なさった際には、芝居の迫力とは別人のようにシャイな方で驚いたものだが、活動の場を舞台にこだわり続ける理由を、家業ですから… と答えておられた通り、今まで映画の出演は一切なかった。同監督の『ビリケン』('96・ビリケン製作委員会)で現場見学からエキストラ出演を申し出て、今回の主演に至ったとの事だが最初から最後まで気合いの入った存在感には圧倒されッ放しで、心地よい緊張感が持続した。
 他の出演者たちも、皆それぞれ良い『顔』を披露していたが、中でも唯一正子が惚れるしがない営業マン役の佐藤浩市氏は、見事なまでの『ちょっと良い男なれどうらぶれてます』ッぷり! いわゆる『飲み屋の常連の中では一番良い男かな?』クラスで、ファミレスメニューに例えると、写真がデカい『フェアーメニュー』ではなく、定番メニューの中で★印付『部門人気ナンバー1』的な中途半端ッぷりには「居る居る、こんな男!」と、もの凄く納得してしまった。
 主人公が妹殺しの逃亡犯というテーマ故か、監督にしては珍しく笑いの要素が少ない作品だったが、俺は浩市さんのシーンでは充分笑わせて戴いた訳で、エリート役以外はボソボソした台詞が聞き取り難いという点も、今回のリアリティの前ではさして気にもならなかった。
 あれだけ笑わせてくれるのは、余程監督との相性が良いのだろうと想像するのだが、クールなヤクザ役の豊川悦治氏もなかなかの存在感で対抗。脚の長さ、スタイルの良さがスクリーンに炸裂状態で男の俺でもホレボレ…。羨ましい限りだが、ついつい主人公に対して『いけず』になってしまう様を巧にこなして、やはり正子は35年間籠もるべくして籠もっていたのだ、と納得させてくれた。

 岸部一徳國村隼両氏は、前出の『ビリケン』では、ひょうひょうとして笑かせ続けるという『ヒヨコ選別師』が如くの『職人技』を披露しておられたが、今回も何の問題もなく「居るよなぁ、こういう人」と充分に納得させて戴いた。そしてこれまで女性の描き方がステレオタイプと評されてきた阪本作品だが、豊川氏の姉で正子を拾うスナックのママ役・大楠道代さんはとても巧に描かれていた。
 前作『愚か者 傷だらけの天使』('98 吉本興業・丸紅)では『?』だった大楠さんだが、実は主役の企画も考えていた事もあるとインタビューで監督が語る通り、実に良い『顔』を見せてくれたこのママさんと正子の電話での別離シーンは『人間死を選ぶべからず。単純に“生きる”のだ』と訴えて、妹を殺した事で“生きる”事に目覚めて逃げ続ける主人公の不条理さを提示するという、この映画のテーマでもある重要なシーン。こんな良い人に出会えっていれば正子も妹に手をかける事はなかったろう… と運命の皮肉さえ感じさせる大楠さんの説得力は主演でないだけに実に印象的で、阪本=男の映画説が覆された気がした。と、達者な役者さんの職人芸的『顔』を楽しむうちに滞り無く2時間3分が過ぎて、『テレ丼 シネマ』企画始まって以来初めて時計を見る事なく外に出れば、同じ人数の人々がスタッフの指示に従って並んでいる。
 俺が観た前の回も同じく立ち見状態で、年齢層が高いせいか出て来たお客さんたちはワーキャー言う事無く静かだったが、一緒に観たお客さんたちもやはり口数少なく劇場を後にしていた。他の方々がどんな感想を持ったのか実に興味深かったが、俺はしばし今観た映画が完全な物語なのだとの認識と、もしや現実に起こった事をなぞったのか? との疑問に頭がクラクラしてしまった。
 確かに主人公・吉村正子という人物は実在しないが、この映画の登場人物は自分の周囲を見回せば実在していると感じる程に、「それは嘘だろう」的な行動原理に無理が見あたらない。『人間』というものが自然かつ丁重に描かれている『顔』は、実に優れた『人情モノ』なのではないだろうか? と考えながら地下鉄に乗り込むと、お盆休みでガラガラの車両には今スクリーンで観たばかりの人々と変わらなく見える乗客の『顔』に目が行ってしまった。
“人情モノ”という言葉が、昨今の日本映画において必ずしもプラスなイメージがない事は重々承知の上であり『殺人逃亡犯が様々な“人情”に触れながらウンヌン』なるコピーでは客足にも響くだろう。しかし監督のデビュー作であり俳優・赤井英和を世にぶつけた『どついたるねん』('89荒戸源次郎事務所)が『大阪人の溢れる人情を描いた』と評された事に今でも疑問を感じている俺としては、『顔』の方が数段『人情溢れた』作品だと感じてしまった。

 前者は確かに『大阪人の人情』が『溢れ』てはいる。が、主人公・赤城(赤井英和)が奇跡の再起を果たして今一度リングに上がってしまえば、最終的に他人の力など何の頼りにもならず。良くも悪くも『所詮人間はひとり』と実に現実的なテーマを扱った大傑作だと感じるのは、赤井氏のキャラクターと『役者の顔を想像しながら脚本を書く』監督の意向が、赤城と言う主人公を他人の影響をさして受けずの“唯我独尊野郎”に仕上げた故だろう。正反対に、正子は他人に裏切られたり助けられたりする事で『顔』が変わる程に変化して行くというキャラクター設定の違いなのだろう、今、原稿を書きながらも『人情』の二文字が強烈に頭にこびりついている。
 思えば。日本喜劇界の大家である故藤山寛美氏を父に持つ藤山直美女史は、紛れもない喜劇界を代表する大スター女優であり、笑わせ、泣かせ、感動させては日本一。笑いと涙と感動=『人情もの』の大家を主役に配して、殺人逃亡犯という極力笑いの要素を押さえた作品ながらも『人情もの』に仕上がった『顔』は、紛れもない成功作。藤山阪本組の熱気がスクリーンから漲っていたのだろう、残暑厳しいおりに少々微熱(知恵熱か?)ぎみで2、3日間調子が悪くなる程に映画にヤラれたのは三國連太郎vs伴淳三郎『飢餓海峡』('65・東映東京)を名画座で観て以来久々の体験だった。阪本作品のファンとしては、作品全体的に発散される『阪本映画』臭さがなくて少々物足りなく感じたが、多分『笑い』の要素が極力少ないせいだろう。初期作品に多く観られた息を飲む程に美しい映像美を廃して役者の『顔』に主眼を据えた作品に、監督の『顔』が垣間見えなかった事が少々淋しい気もするが、トヨエツvs布袋『仁義なき戦い』も今秋公開が控えている。年に2本も監督作品が観られるとは、長生きはするものだ♪


 因みにネタバレになるので回りくどい表現をお詫びしつつ、主人公・正子には『したかった事』がふたつあって、ひとつ目の『自転車に乗る』事をクリアする前に、警察に追われる緊急事態に直面。敢えて自転車に乗って悪戦苦闘の末に逃げ切るシーンは客席から笑いが溢れていたが、最後に逃げる手段が『ふたつ目』をマスター前に敢えて… とのラストは実に意味深だった。こりゃ絶対無理だろうと観客に思わせながらのEndタイトルで映画は終わったが、ひょっとしてまた逃げ切るのか? ここで罪を償って欲しいが… と考えると、また微熱が出そうだ。皆様方にも是非とも劇場かビデオでラストの意味を御確認戴きたい。

============<作品データ>============

『顔』('99年/2時間3分/ビスタサイズ/DTSステレオ/配給:東京テアトル)
<CAST>
吉村正子・藤山直美/中上洋行・豊川悦治/狩山健太・國村隼/洋行の姉・大楠道代 /吉村由香里・牧瀬里穂/喫茶店の女・内田春菊/狩山咲子・早乙女愛/吉村常子・渡辺美佐子/山本俊郎・中村勘九郎/花田英一:岸部一徳/池田彰:佐藤浩市 ほか
<STAFF>
製作:宮島秀司・石川富康・寺西厚史・中沢敏明・椎井友紀子
音楽:coba
撮影:笠松則通
脚本:阪本順治・宇野イサム
監督:阪本順治

テアトル新宿・テアトル梅田他にて公開中。

構成・文/阪本 悠



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