第3回「日本玩具資料館」台東区橋場鉄砲おもちゃは男の命!?不動のキャラはアトムだった

第3回「日本玩具資料館」台東区橋場
「おもちゃ」博物館である。設立は1980年。日本は世界屈指の玩具生産国なのに、それまで、そのおもちゃを系統立てたり、歴史的に見せてくれる博物館がなかったことからおもちゃ問屋店主らが企画したのだそうだ。
「玩具資料館」は問屋の大手、ツクダグループのビル8階部分(935平方メートル)にある。2月下旬の午前11時、僕と調査隊顧問のH氏はツクダビルの前に立つ。1階のエレベーター前にロボット(フラッシュ・タイタン)のディスプレイがあり、子供なら、もうここでワクワクするはず(我々もちょっぴりワクワク)。

8階に上がると、資料館主任の茂塚さんが出迎えてくれた。一歩、資料館に足を踏み入れると、思わずオオーと歓声を挙げてしまう。当たり前だが、視野に入るものすべてがおもちゃというのはなんと壮観なことだろう。もし、小学生なら、あまりの喜びに興奮し、立ちくらみで倒れるか、ゲロ吐くかしてしまいそう。

頭上を見上げると、平成ガメラの強敵ギャオスじゃないか、それも超特大だ! 翼長約130センチ。特注品で6体作られたそうだ。これを個人で所有するのは大変。場所取って場所取って、結婚してたら即離婚もののおもちゃでしょうね。

最初から、そんな究極のおもちゃで飛ばし過ぎちゃいけません。オーソドックスなものからちゃんと見て行かなくてはね。
先ず、入るとすぐ目の前にあるケースにはブリキのロボットたちが満員電車のようにギューギュー詰めにされている。僕なんかには、ヒジョーに懐かしいロボットたちである。映画「禁断の惑星」に登場して人気者になったロビーを模したプラネットロボットなんて、欲しくて欲しくてしょうがなかったっけ。昭和30年代、今ほど豊かではなかったので、こんなロボットなんてなかなか買ってもらえなかった。確か、デパートで何度もこのロビー型ロボットをねだったが、ついに買ってもらえなかった記憶がある。僕はそれでも鉄人28号、古典的な形をしたR-35の2体だけを持っていて、いつもその2体を戦わせて遊んでいた。その後、鉄人は体内に2B弾を大量に詰め込まれ、バラバラに破壊されてしまった。R-35はなぜか大切にされ、今でも僕の手許にある。お宝鑑定によると現在8万円ほどの値が付くらしい。鉄人が生きていればそれ以上、うわあ、もったいないなあ。でも、鉄人にはさんざ遊そばせてもらったからモト、取ってるか。

おっと、横道にそれてしまった。玩具資料館に戻ろう。僕がブリキのロボットに郷愁を感じるなら、H氏は超合金のロボットなんだそうだ。うーむ、さすがに年代の違いを感じてちょっとショック。普段、馬鹿っぱなしをしている時は何ともないんだが、こういう時に世代の差がでちゃうんだなあ。でも、いいじゃない。そんなこと些細なことだよな。

ブリキの時代といえば、僕がすんごく幼少の頃(強調してます)、ガガーリンとか人工衛星とか宇宙ブームだったので、そういった類いのおもちゃも多く出回ったんですね。今でもあるのは、円盤型で車輪が3個付いてて、テーブルから何故か落ちないというやつ。ディズニーキャラクターのもの、今でも売ってて、時々買おうかなあ、と思う時がある。

面白いのは、サンダーバードの1号の形をそのままパクッた宇宙ロケット・ソーラー号、欲しい!

宇宙ものが流行ったついでに、光線銃ってのもいっぱいありました。後にはウルトラ警備隊仕様のものとか、今でも健在な定番おもちゃである。

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